2013年2月20日水曜日



「腹ペコ」が未来をひらく

「食育祭 in ふくおか 2012」食育祭最前線シンポジウム 報告

「腹ペコが未来をひらく  ~足りないことの豊かさを知る~」より ⑦

(シンポジストのお話の一部紹介です)

下倉 樹(いつき)さん
2,5歳児の母 “きっず~な”代表  食育イベントコーディネーター 
 調味料プロデューサーとしてご活躍)

山梨県富士吉田市ご出身と伺い、さぞや自然体験から得たお話をなさるものとの
勝手な予想が見事に外れた体験談から始まりました。

富士山の麓での田舎暮らしには、街以上に車は生活に欠かせないものであり、
食事も高校、大学でやっていたアルバイト先のハンバーガーを持ち帰り、
料理には全く関心を持たず、結婚後も妊娠中も同じような生活だったそうです。

お子さんが一歳になった頃に、「白いお砂糖は身体だけでなく精神的なところにも影響する」ということを聞いたことが食に興味を持つ切っ掛けとなり、
今では、若いお母さん方に、食の大切さを知って頂くために、
調味料の広報活動をする講師となってご活躍なさっています。
それは、若い子育て世代に、家計に負担の軽い調味料だけでも
本物を使って頂きたいと思いからだそうです。

「調味料についてわかったことは、
福岡市に関しては年間の一世帯当たりの醤油の購入金額は2千円、
それに対してドレッシング、マヨネーズは3千円です。
たれ、つゆは3千5百円、単体よりも抱合している調味料を買う方が増えています。
本物の調味料を買えば少量で個体のうまみを引き出す力があるのに残念です。

国産の大豆で作っているお醤油は0,2%しかなく、残りの99%が輸入物です。
世界に誇れる日本の醤油、味噌、酢の材料が輸入物に頼っています。
小さな子が大人になったときに本物の調味料が残っている世界にしたいと思って
活動しています.

又、食への関心と共に、生活を見直して、
シャンプーやボディソープ、石鹸を一切使わずに、
オーガニックコットンで髪も身体も顔も洗っています。
それと車のない生活を楽しんでいます。
車がないと人に頼ることが出来て、コミュニケーションが生まれ、
それは心地よい生活となっています」とお話くださいました。

このお話を伺いながら、人を大きく変え機縁となるのは「誰かを守りたい」
という強い想いであり、それが自らも輝かしているということを
下倉さんのお話をお聴きしながら改めて強く感じました。
 
*幼児教育、不登校支援、医療、農業、食育に関わってこられたシンポジストの
 お話を順次ご紹介しています。

2013年1月10日木曜日

「腹ペコ」が未来をひらく



「食育祭inふくおか 2012」 食育最前線シンポジウム 報告

「腹ペコが未来をひらく~“足りない”ことの豊かさを知る~」より ⑥

(シンポジストのお話の一部紹介です)             

高島和子さん
(専業主婦から農業の道を選択。南阿蘇村で農薬、化学肥料を使わない自然農に取り組んでいる。一方、多くの方が阿蘇の自然と関われるように、農地、自宅を広く開放している)

自給自足できるお百姓さんにあこがれ、4人の子どもさんと共に福岡から南阿蘇に移り住んで20年。誰もやっていない無農薬の田んぼを譲り受け、7年前からは全く肥料を使わず、水と太陽の光と人の声で元気なお米が育てる自然農に取り組み、就農当時に植樹した7000本のお茶の苗も5年前からは一滴の農薬も肥料も与えず、酒作りに欠かせない酒米も無農薬で作っているそうです。

就農当時を振り返って、

「私は女であり、村社会の中で女のくせに、夫がいるくせにとかいろいろ言われましたが、農業への熱い想いで燃えていましたので、やがて農業を女が担っていく時代が来るであろうと信じて頑張り、やっと農業委員会への申請が下りました」と。

今では南阿蘇村には新規就農者も増え、本当に女の人が活躍できる場が出きたそうで、まさに開拓者となられたわけです。

街から田舎に移り住み、周辺の方々の協力を得て4人のお子さん方を育てたという体験から、今はご自分が街と村をつなぐ役割を積極的に引き受け、子ども達が自然を楽しむだけでなく、都会生活で疲れた大人の方々にも居場所作りをなさっておられるそうです。日が昇ったら働いて日が沈んで一日が終えていくというサイクルがきちんとできるスペースの中で、「楽しかった」「よく眠れた」と帰っていかれるそうです。

そして最後にお話しくださったことは、

「南阿蘇村は水を守る環境を作るということを全国に発信しています。
熊本は地下水を守りましょうという運動があります。
水田、森林も水をためますが、水田が一番水をためます。
その水が地下水にどんどん流れていきます。
たとえばその中に少し肥料を入れます。
植物は、皆さん考えて肥料設計しますが、
人間にも元気な人、弱い人がいるように、
ご飯を出しても、食べれたり食べれなかったりするように、
作物もこうであろうというものを入れたとしても
100%作物が吸い上げるとは限りません。
それに作物は、ものが無ければ無いほど根を伸ばし力を蓄えて
自分の力で生きていくと思います。
だけど入れてしまうと残りのものは全部地下のほうにおちていき、
やはり濁ったものが流れていくだろうということで
自然農に私は興味を持ちました。
そのようなものを作っていくことにプライドを持ち、
消費者の方たちには、それを食べることによって
地域の自然を支えているというプライドをもつというお裾分けが
できればと思っています」と。

土地もない、知識も経験もない、身寄りもいない、無いことだらけから始まった阿蘇での農業暮らしは、「料理が好き、自然が好き、お百姓さんへの憧れから」というのですから、「無い」「足りない」ということは、好きな目標に向かって突き進んでいくシンプルかつ大きな原動力であると実感するお話でした。  

※幼児教育、不登校支援、医療、農業、食育に関わってこられたシンポジストの
体験を順次ご紹介していきます。